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ゲームエンジンをどう学ぶか

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Tomoro

はじめに

ゲームエンジンとは、ゲーム開発に必要な機能が詰め込まれたソフトウェアであり、統合開発環境のことです。

高度なグラフィック性能を持つゲーミングPCが必ずしもゲームだけに使われないのと同様に、ゲームエンジンも単にゲームを作るだけでなく、3Dコンテンツ制作全般に役立つ開発環境として進化しています。

近年ではエンターテインメントの枠を超え、建築ビジュアライゼーション、自動車産業、映像制作など、多岐にわたる分野で利用されています。特に知名度の高いUnityやUnreal Engineといった汎用ゲームエンジンは、もはや単なる「ゲームを作るソフト」ではなく、リアルタイム3Dコンテンツを構築するための必須インフラとなりつつあります。

本稿では、ゲームエンジンを扱う難しさの根本原因を整理し、限られた時間でゲームエンジンを教え、扱えるようにするための現実的なアプローチについて、考察してみたいと思います。


ゲームエンジンを扱うのはなぜ難しいのか?

「広すぎる」ミドルウェアのジレンマ

ゲームエンジンは、「ミドルウェア」と呼ばれる類のソフトウェアになります。ミドルウェアの定義は明確ではありませんが、OSやハードウェアの機能だけでは不足し、かといってゼロから手作業で実装するには難しすぎる、開発に役立つ汎用的な機能を提供する役割があります。

例えばApacheのようなウェブサーバー、Javaランタイム、コンテナ、WordPressのようなCMS、Oracleなどのデータベースなどがミドルウェアに挙げられます。

ゲームをよく遊ぶ人なら、起動直後に「CRIWARE」や「Dolby」のロゴが表示されるのを見たことがあるかもしれません。あれらもオーディオを扱いやすくするためのミドルウェアです。

ソフトウェア開発でミドルウェアを使うことは珍しくありません。しかし、多くのソフトが特定の技術領域に焦点を当てているのに対して、ゲームエンジンはゲーム開発におけるあらゆる領域のサポートを目的としており、その守備範囲が極めて広いという特徴があります。

レンダリング、物理演算、オーディオ、UI、ネットワーク、アセット管理、VFX、VR、ARなど、カバーする領域は膨大です。「何でもできる」がゆえに、「今の目的に対して何を使うべきか」という判断が非常に難しいのです。

この役割の曖昧さと機能の多さが、教育者・初学者双方にどこまで学べばいいのかわからないという学習の悩みを生む要因になっているのではないかと考えています。


一般的な入門書の限界

市販されているゲームエンジンの入門書の多くは、ツールのインストールから始まり、キャラクターや3Dオブジェクトを配置して動かす一連の流れを解説するものです。これらで学べる知識だけで開発者が遊べるゲームは作れますが、そこから世に出るレベルのゲームアプリ・ソフトに到達するまでは、とてつもない距離があります。

Unityは比較的個人でも扱いやすいといわれますが、並大抵の本より分厚い300ページ超の大判技術書を全て理解しても、ゲームエンジンが得意とするリッチなゲームを、ごくシンプルな作品一本世に出すための知識ですら身につかないのが現実です。

Unreal Engineに関しては通称「極め本」と呼ばれる評価の高い技術書がありますが、こちらは832ページもあり、図が多いとはいえ並みの辞書より巨大な本です。それだけの情報量があればコーディング以外の機能には一通り触れられると期待するかもしれませんが、書籍を最後までこなしてもサンプルゲームは完成しません。58章から62章はダウンロードコンテンツ扱いになっており、発売から1年経ってもいまだに執筆中らしいです……。

要するに、多くの技術書は「ゲームエンジンの操作方法」を学ぶには適していますが、実際のソフトウェアを開発・完成させるプロセスを説明する作りにはなっていないということです。

プロダクト開発で直面する設計上の課題やトラブルシューティング、パフォーマンス最適化といった実務的な知見まではカバーしきれないことが多いです。


ゲームエンジンで作られる成果物は基本的に公開されない

ゲームエンジンの機能は当然ながらゲームを作るために利用されます。一般公開されるゲーム作品において、グラフィックやデザインの工夫を見て取ることは容易です。

しかし、ことプログラマの視点となると、学習できる教材が極端に少なくなります。

ゲームエンジンがカバーする領域があまりに広いため、コンテンツ制作にはデザイナーの関与や、第三者が作成した素材の利用がつきものです。プログラマが技術の共有に熱心でも、権利関係上、第三者の素材を含んだプロジェクトをそのまま公開するわけにはいきません。

Web開発などではオープンソースソフトウェアから設計を学べることが多いですが、オープンソースのゲーム開発事例はほとんどありません。ゲームのコードや設計思想が、実例として公開されることは極めて稀なのです。


ゲーム開発と実務で携わる分野のギャップ

さらに、開発現場の性質によるギャップも存在します。私がいる現場は「ロケーションベースエンターテインメント」と呼ばれる領域ですが、この分野の知見を探すのは困難を極めます。

ゲームエンジンがカバーする領域はコンシューマーゲーム、スマホアプリ、Webアプリ、VRアプリ、車載アプリなど多岐にわたります。コンシューマーゲームやスマホアプリ開発では、多人数による長期的な分業体制が敷かれることが多いでしょう。一方、イベント会場などで稼働するロケーションベースのコンテンツ開発や、小規模なインディー開発ではまるで事情が異なります。

これらは短期間かつ少人数、場合によっては一人で、シンプルながらも堅牢なアプリケーションを作り上げることが求められます。多人数開発を前提とした一般的なノウハウ(厳格なアセット管理ルールや複雑な権限管理など)はそのまま適用できず、現場に即した知見が得にくいという課題もあります。Web系やモバイル系などに比べると、他の職場のノウハウを流用しにくい分野だと感じます。


教育手法の検討と失敗

ゲームエンジンの習得には膨大な時間が必要です。

最近見たUnreal Fest 2025の講演でも、「Unityを学んできた専門学校生であっても、45時間の授業ではUnreal Engineをまともに使えるようにはならないため、Blueprint機能にフォーカスせざるを得ない」といった意見がありました。

業務であれば、学生のように数年かけて学び、教えるような手順は取れません。必要な知識の極一部しかを教えることはできないという前提の上で、短時間でどれだけ効果的に実務知識を伝えられるかが重要になります。

自分でもUnreal Engineの学習を進めつつ、職場の新人にUnityを教える必要が出てきたので、いくつか教育方法を検討・実践してみました。その個人的な評価を記しておきます。


案1:つきっきりでのメンター指導(ペアプログラミング的アプローチ)

特定のタスク完了まで、熟練者が横について教える方法。

評価:効果的と思われるが、コスト的に難あり

検討はしたものの、今回は教わる側の人数が複数おり、勉強会のようなスタイルにする必要があったため不採用としました。

1on1で教育できれば成長は見込めると思いますが、業務において教える側のリソース確保は難しく、現実的な選択肢になり得ないことも多いかもしれません。


案2:機能・UIの網羅的解説

用意された機能やUIを一つずつ解説する方法。

評価:非効率的(失敗)

実践しましたが失敗でした。まず膨大な機能の中で何を教えるかの取捨選択がとてつもなく難しいです。教える側はもっと伝えたいと感じますし、教わる側からするとなぜ説明されているのか重要度が理解できないでしょう。

このやり方では何ができるかの知識は増えますが、実際に手を動かす力には直結しないと感じました。

何より、標準的な検索能力のあるエンジニアなら、必要になった時点で自力でドキュメントに到達し解決できるので、ここに教育リソースを割くのはあまり有意義ではなかったと反省しています。


案3:シンプルな実装のハンズオン

過去に実装した機能や簡単なサービスをなぞりながら、実践してもらい解説する方法。

評価:効果はあると思うが、準備コストが高い(失敗)

少し試してみたものの、教える側の準備期間や、手順を教材化するコストがボトルネックだと感じました。一度本腰を入れて教材を用意できれば次回以降は楽になるので、有意義な選択肢ではあると思います。

ただ、社内のみで使用されるライブラリ解説などが不要で、ゲームエンジン自体を体系的に学ぶのであれば、市販の入門書や公式チュートリアルを利用する方が効率的です。あえて社内で教材を用意するメリットは薄いかもしれません。


案4:課題解決型学習

課題を与え、解決方法を自力で考えてもらう方法。

評価:現代において最も合理的だと感じる

今回は時間の都合で十分な準備ができなかったのですが、中途半端な準備しかできない状況であっても、課題を与えて自身で解決してもらう手法が最も効果的だったと感じています。

ゲームエンジンには広範囲の知識が求められる一方で、趣味の創作活動などで得た知識(3D、デザイン、サウンド、プログラミング、あるいはゲーマーとしての勘)があれば、説明を省略できる要素も多々あります。課題をこなす過程での質問を通じて、その人がどんな知見を持っているか汲み取れるのが良い点だと思いました。

後述しますが、AIの登場で基礎知識を手取り足取り教える必要性は薄れているため、手を動かす頻度を増やせばAIをどう活用するかを学べる点も強いです。


案5:オリジナルコンテンツ制作

自分でコンテンツを企画し、実装まで一本作りきってもらう。

評価:適性のある人材には最良だが、時間はかかる

自走できる優秀な人材であれば、これが最も成長速度が速いのは間違いないでしょう。作品を完成させようとする過程では、受動的に学ぶスタンスとは比較にならない知識を学ぶ機会を生みます。

この案については現在実践中で上手くいくかどうかの結論はまだ出ていませんが、ゲームのようなコンテンツの開発は初心者が想定する数倍や数十倍の作業量が隠れていることが常です。

そのため企画に対するレビューは十分に行う必要があると感じています。難易度が高すぎないか、時間がかかりすぎないか、学習に役立つ技術が含まれるか、素材の確保は容易か……といった点は経験者が確認し、筋道を立ててあげないと、挫折や工数超過の結末にしかならないでしょう。


AI時代のゲームエンジンの学び方

従来の教育と学習方法でいいのか?

新人にUnityを教えつつ自身でもUnreal Engineを学ぶ過程で、様々な気づきがありましたが、今回共有したい一番重要な要素は現代には高度な知識を持ったAIが存在するというパラダイムシフトです。

開発の全てをAI任せにできるのはまだ先だと思いますが、教育レベルではAIの存在は絶大な効力を発揮します。

私が今回数週間かけて教えた内容、本を読んで学んだ内容の多くは、AIに質問すれば8割以上の正解率で、相手の都合を待つこともなく数秒で答えが手に入ります。

「AIに聞けばわかることは学ばなくていい」とまでは思いませんが、「AIに聞けばわかることは教えなくてよい」とは思います。

今後は教えるべきことの取捨選択に、知識の重要さに加えてAIから取り出しにくい知識なのかという点も加味する必要がありそうです。


ゲームエンジンのAI対応状況

これまでLLMはコーディング支援に広く使われてきましたが、ゲームエンジンはGUIへの依存度が高く、テキストベースで自動化できない要素が多いため比較的相性が悪かったように思います。

コーディングに関しても標準のC#やC++とは若干違った作法が求められることが多く、その特殊性からUnity C#やUnreal C++と呼ばれることもあります。オープンソース文化もさほど根付いていないため、今でもAIの理解は浅くミスが多めな印象です。Unreal Engineに関してはUnity以上にAIとの相性が悪く、ビジュアルスクリプティング(Blueprint)の多用や独自言語Verseの採用もあり、汎用AIでは対応しきれないことがまだ多いです。

しかし、2025年末に出てきたGPT-5、Claude Opus、Gemini 3.0あたりは基礎知識を教える教育係としては十分な能力を持っています。

GUI操作の悩みについてもマルチモーダル対応により、エディター画面のスクショを渡して質問できるようになり多くの悩みを解決できるようになった進化の恩恵は大きいです。

ゲームエンジンの開発側からもAI活用の方針は示されており、Unityは「Unity AI」というサービスを展開し、エディタから直接チャットUIで操作の自動化や素材作成などができるようになりつつあります。また、「Unity AI Gateway」というサービスも提供予定で従来MCPサーバーなどを自分で用意することでエディタとAIの連携を行っていましたが、これを公式の提供する機能で実現できるようになる可能性があり、よりAIとの親和性が高まりそうです。

Unreal EngineでもUnityほどAI利用が進んでいる印象はありませんが、「AI Assistant」という機能が実験的に利用可能となっており、独自トレーニングされたAIにエディタ上で質問できる環境が整ってきています。

まだAIが使いやすいとまでは言えない状況ですが、誰かに教わらずともエディタ上で質問したら答えが出るような状況が整っていく可能性が高いです。


「教える」から「環境を整える」へ

ゲームエンジンの扱いは、自主的に長時間学ぶ意志がなければ身につきません。要求される知識総量が圧倒的に多いため、これは教育手法の効率化程度ではどうにかなる問題ではないからです。

だからこそこれからは、人の手で教えるだけでなく、どうAIを使い学ぶかを理解できるような訓練が重要だと考えます。

数年後には何も準備せずともゲームエンジン上で最適なAIサポートを受けられるようになるでしょうが、今はどのようなAIを使うのがよいか、MCPサーバーを使うべきかなど、Agents.mdなどのルールをどうするかなどAIを使いやすい環境を教える側で検討・用意してあげるのが重要でしょう。


結論:新しい教育のステップ

これからの教育者に求められるのは、知識の伝達ではなく、以下のようなプロセスではないでしょうか。

AI活用環境の整備

CopilotやChatGPTなどのAIツールを開発プロセスに組み込み、疑問を即座に解決できる環境を用意する。

適性の見極め(自走可能か否か)

AIを与えれば勝手に学習を進められる「自走型」か、そうでないかを早期に判断する。

タイプ別のアプローチ

自走型人材: 極端に難易度の高いチャレンジで挫折しないよう、最低限のガードレール(設計方針やツールの選定など)を敷いた上で、自由に触らせる。

非自走型人材: ステップ・バイ・ステップで、AIやメンターと共に解決可能な粒度の課題を複数用意し、成功体験を積ませる。

知識そのものを教えることに時間をつかうのではなく、AIを安全に活用できる環境を整備し、AIを使って未知の領域をどう突破するかというメタスキルを養うことこそが、ゲームエンジンのような幅広い領域をカバーするための最短ルートになっていくのではないでしょうか。

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